英雄・サムバスと開拓の日々祭

サムバスは、1877年9月18日ネブラスカでユニオン・パシフィック鉄道を襲って6万ドルを強奪したのを皮切りに8週間に4列車を襲って列車強盗の「レコード・ホルダー」となった。その後も次々と列車強盗や駅馬車強盗を繰り返し悪名は世間に鳴り響いた。しかし「サム・バス」は絶対に人を殺さなかった。そのため民衆からは一種〝英雄〟のように讃えられた面もあった。そんな「サム・バス」にもとうとう最期がやってくる。1878年7月19日「サム・バス」はフォートワースからクレバーンへ向かう列車を襲い引き上げる途中ラウンドロックの町の近くで「ジョン・ジョーンズ少佐」の率いる「テキサス・レンジャー」の一隊に待ち伏せされた。「サム・バス」が待ち伏せされたのはもとの仲間だった「ジム・マーフィー」という男の密告によるという。たちまち激しい銃撃戦となった。この時の光景は後に開拓史上最も有名な詐欺師となった「ソーピー・スミス」が目撃している。それによると「サム・バス」は「テキサス・レンジャー」の「ジョージ・ハロルド」「リチャード・ウェア軍曹」と撃ち合い「リチャード・ウェア軍曹」の銃弾に倒れたという。それでも「サム・バス」はいったんその場を逃れる。しかし、町外れの牧草地で瀕死の状態で横たわっているところを発見される。息を引き取ったのは7月21日だった。奇しくもこの日は「サム・バス」の27回目の誕生日だった。「テキサス・レンジャー」との撃ち合いは〝サムの銃撃戦〟と呼ばれ毎年7月4日の独立記念日にはオールドセトラーズ公園の〝開拓の日々祭〟で再現されている。
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